あれこれ日記

日常で起こったことやニュースを見て感じたこと、考えたことなどをあれこれと書いていきます。

商店街 八百屋さん前の自転車の列

家のすぐ近くの商店街。

 

昔からやっているような八百屋さんがあります。

 

八百屋&小さなスーパー的なお店。

 

そこに来店するお客さんは自転車で来る方も結構いるようで、お店の前に自転車がズラズラと並んでいることもしばしば。

(平日の夕方などはいつもそんな感じかも)

 

商店街の道幅の半分ほどが埋まってしまい、はっきりいって邪魔。

 

残り半分の幅で、

★自転車で通る人

★犬の散歩をする人

★歩いて通る人

★ベビーカー&ママ・パパ

★コロコロスーツケースを引きながら通る人(←そんなにいませんが)

といった人たちがお互い気を使いながらすれ違わなければいけず、ちょっとしたストレスを感じてしまいます。

 

以前、パトロールか何かで通りがかった警察官にちょっと言ってみましたが「まぁ、こういったのは地域の皆さんで解決していただかないと」的な回答でした。

 

厳しくクレームを入れたりしていくと、こういったお店はつぶれたりしてしまうのだろうか。

 

もしくは、駐輪対策にお金をかける必要が出てくることで、結果、売っている商品の値段が上がってしまう→買い物に来る人たちが困る、といったことが起こるのだろうか。

 

そういうことにまで考えると、「これが必要悪というやつか」なんて思えてきます。

 

 

しかし、想定の話ですが、その道幅が狭まってしまっているところで自転車と歩行者の接触事故が起こってしまったような場合、恐らく当事者同士の問題ということにされるのではないだろうか。

 

お店側が何かペナルティーを受けたり、補償金・お詫び金を出したりするということは・・・考えにくい気がします。

 

そういうことが起こらないように、改善を促したほうがいいような気もするけれど、どうなんだろう。

 

必要悪として受け容れておくのが大人の対応になるのだろうか。

 

 

 

 

仕事とは人助け

少し前に読んでいた本に「仕事というのは人助けだ」といったことが書かれていました。

それを必要としている人、困っている人がいて、その人を助けてあげること。

働くは、「側(はた)を楽にする」ではたらくだ、ということを言う人もいますね。

なるほど。

どちらも、お客様側・サービスを受ける側に主軸を置いています。

それが本来あるべき姿なのでしょうね、きっと。

サービス提供側が主人公になろうとしてどうする、と。


しかし、最近の自分は「仕事はお金稼ぎ」的な目線が強過ぎる気がする。

ちょっと考え方を改めよう。


意識高い系と意識の高い人

数年前くらいからでしょうか、「意識高い系」という言葉をメディアで時折見かけるようになりました。

「意識が高い」とどのように違うのか、いまひとつよく分からなかったのですが、なるほどと感じる内容がありました。


意識の高い学生とは『行動の目的意識が自分の欲求に根差していて、かつそれを自認している学生』、意識の高い学生(笑)はその逆なのかもしれません

東大生が振り返る、就活で「勝てない」意識の高い(笑)学生


その逆というのは、「行動の原動力が自分の欲求ではなく、誰かの真似事で、それを自分でもよくわかっていない」という感じだと思います。

本当に意識が高い人は、
★行動の理由が自分の内的欲求から来ている
★そのことを自分でもよくわかっている
と。

意識高い系はそうではなく、
・なんとなくカッコよさそうだからやってみる(別に、本当にそれを実現したいわけではない)
・それをやっている自分に酔っているだけ
てなことなんでしょう、きっと。